漢養舎ブログ

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医:教育&常用漢字、漢検8級

音読みは、「イ」。訓読みは「い-やす」「くすし」。訓読みからはそれぞれ、「癒やす」「薬師(くすりし→くすし)」が連想される。

意味は訓読みにもあるように、

①病気を治す。いやす。
②病気を治す人。医者。くすし。

その他、

③甘酒。梅酢

なんてものもあった。確かにどちらも体に良さそう<笑>。

熟語には類義語として出題されそうなものがあった。

 医伯(イハク)=国手(コクシュ)

どちらも、「すぐれた医者。名医。」のことで、尊敬を込めた言い方。

医伯の「伯」は、年長の男性を尊敬して言う言葉であるから、理解できる。一方、なぜ国手というのかがわからないため、調べてみた。

出典の詳細はわからなかったが、中国の歴史書『国語(春秋外伝)』が出典とのこと。

一国の王の病気を治すことは、その国の安定につながる。また、それだけでなく、一人の病気を治すことが家族の安定、延いては、社会の安定にもつながる、ということから、

 国を医する名手⇒国手

になったらしい。

 

漢検の試験対策としてはここまでにしておいたほうがいいとは思いつつ、やはり気になるのが成り立ち<苦笑>。

まず、「医」の元となっている漢字は、

 、又は、

共通しているのは、

 (エイ)=医+殳(シュ、ほこ[たてぼこ、つえぼこ])

そして、それに、それぞれ、

 (ユウ、とり):酒器(酒つぼ)の形の象形文字。

 (フ、みこ、かんなぎ):両手で工具(呪術の道具)を捧げ、神を招き求める人
               の象形又は会意文字。

が加えられている。

これらの漢字が用いられる背景には、古い時代に行われていた医療行為がある。

その時代には今のような設備や道具があるはずもなく、病を治すため、神霊などに働きかけて望むままに超自然的な現象を起こさせようとする呪術や、神仏に祈る祈祷などが行われていたようで、それを頭に入れて、上記の漢字を個々にみていきたい。

まず、「医」から。

 医=匸+矢

この、カタカナの「コ」を反対にしたような漢字(部首)は2種類ある。

 (はこがまえ)

 (かくしがまえ)

よく似ているため、常用漢字では区別しないで、「はこがまえ」に統一されているが、医は本来、「かくしがまえ」と矢の組み合わせになっている。

矢は狩猟や戦いに用いられていたが、その他、魔除けや厄払いといった、目には見えない、”魔”や”厄”をも祓う力があると信じられていた。

具体的なやり方はわからないが、矢をどこかの場所に置いて、あるいは何らかの入れ物に入れて、覆い隠すようにして「匸」、呪術なり祈祷なりを行い、病を治そうとしていたのではないか。

次に、「殳」は、

 殳=又(手)+シュ(*机を表す几(キ)とは別字)

「又」の上にある「シュ」は、『角川新辞源』によると、羽の短い鳥が飛ぶ様子をかたどった象形文字とのこと。

『字統」によると、古くは鉞(まさかり)の形で、後に投げ槍(やり)の形になったとのことだが、その上部には羽の飾りをつけるそうなので、2つの辞書を総合すると、「殳」は、

 手に、羽根飾りの付いた槍のようなものを持った形

ということなのだろうと思う。そして、これも具体的なやり方は不明だが、手に槍のようなものを持って呪術なり祈祷なりを行って、病を治そうとしていたと思う。

よって、

 

は、呪術や祈祷が、ある種閉ざされた密室のような場所で行われていたことからか、”覆い隠す幕”という意味を持つ他、呪術や祈祷のさいに発するときの呻(うめ)くような声とし、音読みは「エイ」。まさに、「エイッ!」というかけ声のようにも思える。

そして、時代が進むにつれ、呪術や祈祷の他、薬草を酒つぼに漬け込んだ薬酒を用いるようになったことから、

 毉 醫

と区別するようになったのだろうと思う。そして、時代と共に、呪術や祈祷は廃(すた)れ、

 

が残り、そして今はその略字として、「医」が用いられている。

 

 

 

夷:漢検準1級

音読みは、「イ」。訓読みは、「えびす、たい-らか、ころ-す」など。

蝦夷(えぞ、えみし)、征夷(せいい)大将軍、尊皇攘夷(そんのうじょうい)、焼夷(しょうい)弾など、歴史にふれるさいに目にする程度で、あまり馴染みがない。
熟語には、漢検1級に出題されたものや、出題されそうなものもあるため、まず、成り立ちから調べてみた。

 

そもそも、なぜ「夷」という漢字ができたのか?

それは、自分たちと異なる人たち(民族?)の存在を表すためだったと思われる。

では、「夷」という人たちとは、どんな人たちなのか?。諸説あって、その真偽はよくわからないが、共通して言えることは、

・古代中国の、東の方に住んでいた人たち

ということのようだ。

そして、その特徴として、

・背が低い

・弓矢を使う(狩猟を行うという意味か?)

が挙げられる。

そして、「夷」という人たちを表す古い字形には次の3つが挙げられる。

①人が腰や膝を曲げて、体を丸くしている姿

②背の高い人の脇に、背の低い人がいる姿

③繳(いぐるみ*)の形。 *いぐるみ=射て、包(くる)む意から。

これは私見だが、時の移り変わりと共に、①と②は使われなくなり、③が残った。そして、今の字形「夷」ができたのではないかと思う。

①が使われなくなった理由としては、この字形が、

「尸(シ、しかばね):人間の死体。

の古い字形と、ほぼ同じ形であるため、背が低いという意味なのか、人間の死体なのか、意味の区別がつかなくなるからだと思う。

②が使われなくなったのは、大きい人の脇に小さい人を書いても、それが”背が低い人”なのか、”背が高い人”なのかをうまく表せなかったためではないか。あるいは、デザイン的に、その形を元にしてうまく漢字を作ることができなかったのかもしれない。

いずれにしても、最後に残ったのが③。

他の特徴として、弓矢を使うということがあったため、その特徴をもとに、今の「夷」という漢字に落ち着いたのではないかと思う。

講談社『新大字典』には、この「夷」の古字として、

 𡗝

があり、見てわかるように、

「大+弓」:両手・足を広げて立っている人+弓の形

からできているが、

「夷」は、繳(いぐるみ*)の形、とするものが一般的のようで、これは、矢に糸や網をつけて、当たるとからみつくようにしたものであるため、「大」のように見えるものは実は「矢」の形で、「弓」は、矢に巻くように付いている糸や網を表しているものと思われる。

以上、「夷」の成り立ちについて調べてみた。

 

「夷」は元々、自分たちと異なる人を表す漢字であったと思われるが、背が低いという特徴から、

・平(たいら)であること。
・低く座る。しゃがむ。
・平らげる。平定する。
・常に。平坦で変化のないさま。平坦で目立たない状態。
・平(たいら)で広い。広く行き渡るさま。

などといった意味が生まれた。そして、異なる人たちという認識から差別感が生じ、

・東方の異民族の蔑称。

へと派生していったのではないかと思う。

 

漢検1級対策として気になった熟語は、

夷悦(イエツ):かどがとれて、和やかに喜ぶ。夷愉(イユ)、夷懌(イエキ)。

あまりいい意味で用いられない「夷」だが、平であることから和やかという意味に派生している例で覚えておきたい。

また、当て字として、

辛夷(シンイ・こぶし)

日本では、「こぶし」、中国では「モクレン」のこと。この花の蕾(つぼみ)は漢方薬になるそうで、「シンイ」と呼ばれる。勝手な思いつきだが、「辛い症状を平らかにする」ということなのかなあと思った。

 

人の名前にはあまり用いられないような気もするが、この名前はすぐに浮かんだ。

 東山魁夷(ひがしやまかいい)

魁(さきがけ)は、「その道を初めて拓いた人。元祖。先駆者」という意味で、それに「夷」を組み合わせるというのはなんとも奥深い名前。

このコロナ禍が収まったら、各地にある東山魁夷関連の美術館などを訪れてみたい。一日も早くその日が来ることを願うばかり・・・。